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札幌高等裁判所 昭和50年(ネ)168号 判決 1979年4月26日

控訴人

日本通運株式会社

右代表者

澤村貴義

右訴訟代理人

矢吹幸太郎

外二名

被控訴人

不二建工業株式会社

右代表者

斉藤不二夫

右訴訟代理人

武田庄吉

外二名

主文

一  原判決を左のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、金三四万四〇〇〇円及びこれに対する昭和四五年一一月一七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、主文第一項の1に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  当事者双方の主張

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴人は、土木建築設計施行請負等を業とするものであるが、昭和四五年五月一日、控訴人との間で、左記内容の請負契約(以下、「本件請負契約」という。)を締結した。

(一) 工事内容

雄別炭鉱鉄道全線及び側線計66.6キロメートルの犬釘抜き、ページ外し、これに付帯する部品の撤収並びに枕木(八万六六六五本)の撤収、集積工事

(二) 工事期間

昭和四五年五月一日から同年六月三〇日までの間

(三) 請負代金

金三六八万円

(四) 代金支払方法

工事の進捗に伴い毎月未日締切り、翌月一〇日出来高払い

2  被控訴人は、昭和四五年五月一日先ず本件請負工事のうち右犬釘抜き及びページ外し工事(付帯工事を含む)に着手し、同年七月中旬までの間に、同工事のうち15.74キロメートルにわたる部分を除くその余の50.86キロメートルにわたる部分につきこれを施行した。

3  しかるに、本件請負工事のうち右枕木撤収工事部分は、同年六月一二日に、また右犬釘抜き及びページ外し工事のうち15.74キロメートルにわたる部分は同年七月中旬頃、いずれも控訴人の責に帰すべき事由によ履行不能になつた。

即ち本件請負工事の手順は、先ず被控訴人において一部の犬釘を抜きかつページ外しをし、次いで控訴人においてレールを引張つて外して集積し、その後更に被控訴人において残余の犬釘を抜きかつページ外しをし、枕木を撤収、集積するというものであつて、控訴人において右レール引張り集積工事をして被控訴人に協力しない限り、被控訴人の請負工事を履行完成させることができないものであつた。しかるに、控訴人は、昭和四五年六月一二日被控訴人に対し、本件請負契約のうち、右枕木撤収、集積工事部分の契約を解除したと称して、右レール引張り集積工事を施行せず、また同年七月中旬被控訴人に対し、本件請負契約のうち、右犬釘抜き及びページ外し工事15.74キロメートル部分の契約を解除したと称して、右レール引張り集積工事を施行しなかつたため、被控訴人は、本件請負工事のうち右枕木撤収、集積工事部分並びに右犬釘抜き及びページ外し工事15.74キロメートル部分の工事を履行することが不能となつたものである。

4  以上のとおりであるから、被控訴人は、控訴人に対し、本件請負代金の全の支払を求める権利を有することになる。

しかしながら、被控訴人は、右枕木撤収、集積工事の全部及び犬釘抜き並びにページ外し工事のうち15.74キロメートルにわたる部分を行わないことにより経費の支出を免れ、合計八二万円(内訳、枕木撤収、集積工事分として五〇万円、犬釘抜き及びページ外し工事15.74キロメートル分として三二万円)の利得を得た。なお、被控訴人は、控訴人から本件請負代金債務の弁済として八〇万円の支払を受けた。

5  よつて、被控訴人は、控訴人にし、右請負代金三六八万円から、右枕木撤収、集積工事全部及び犬釘抜き並びにページ外し工事のうち15.74キロメートルにわたる部分を行わないことにより得た利益八二万円及び既に支払を受けた八〇万円、以上合計一六二万円を控除した残額二〇六万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四五年一一月一七日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する控訴人の認否<省略>

三  控訴人の抗弁

1  抗控人は、昭和四五年六月一二日、被控訴人との間で、本件請負契約のうち、右枕木撤収、集積工事部分を合意解除したものである。即ち、控訴人は、訴外電鉄商事株式会社から、本件工事を含む雄別炭鉱鉄道全線撤収工事を請負つたうえ、本件工事につき被控訴人に下請けをさせるため本件請負契約を締結したものであるが、右訴外会社から、右請負契約のうち枕木撤収、集積工事部分につき合意解除したいとの申入れを受けたので、控訴人はこれを承諾したうえ、昭和四五年六月一二日被控訴人に対し右事情を説明し、本件請負契約のうち右枕木撤収、集積工事部分につき合意解除の申入れをしたところ、被控訴人はこれを承諾したものである。

2  控訴人は、昭和四五年七月中旬ころ、被控訴人に対し、犬釘抜き及びページ外し工事契約のうち15.74キロメートルにわたる部分につき被控訴人の履行遅滞を理由としてその契約解除の意思表示をした。即ち、被控訴人は、工事の最終期間である昭和四五年六月三〇日を経過しても、右15.74キロメートルにわたる犬釘抜き及びページ外し工事部分を完成させなかつたので、控訴人は、そのころ、被控訴人に対し右工事を履行するよう催告したうえ、同年七月中旬ころ、被控訴人に対し、本件請負契約のうち犬釘抜き及びページ外し工事15.74キロメートルにわたる部分につき契約を解除する旨の意思表示をしたものである。

3  仮に、控訴人の責に帰すべき事由により被控訴人が枕木撤収、集積工事及び15.74キロメートルにわたる犬釘抜き並びにページ外し工事の履行が不能になつたとしても、被控訴人は右工事の履行を免れたことにより二三〇万一三七二円の利益を得たものであるから、これを本件請負代金債権から控除すべきものである。即ち、控訴人は、被控訴人とは別途に訴外北海道軌道施設工業株式会社に対し、右犬釘抜き及びページ外し工事15.74キロメートル分を請負わせたところ、その工事代金は三二万二九二〇円であつたから、被控訴人の受くべき本件請負代金債権は、本件請負契約において定めた三六八万円から右三二万二九二〇円を控除した三三五万七〇八〇円であるところ、控訴人は、被控訴人に対し右請負代金債務の弁済として八〇万円を支払つているから、更にこれを控除すると、残額は二五五万七〇八〇円となる。ところで、本件のような請負工事にあつては請負代金のうち経費の占める割合は九割にも達するものであるから、右二五五万七〇八〇円の九割に相当する二三〇万一三七二円が被控訴人が本件残工事を施行しないことによつて得た利益であるというべきである。<以下、事実省略>

理由

一被控訴人主張の請求原因1の事実(本件請負契約の締結)は当事者間に争いがない。

二1  そこで、控訴人の抗弁1(合意解除の成立)について案ずるに、先ず、控訴人が訴外電鉄商事株式会社から本件工事を含む雄別炭鉱鉄道全線撤収工事を請負つたが、その後右工事のうち枕木撤収、集積工事部分につき合意解除したこと、控訴人が昭和四五年六月一二日被控訴人に対し、本件請負契約のうち枕木撤収、集積工事部分を合意解除したい旨の申込みをしたことは当事者間に争いなく、<証拠>を総合すると、訴外電鉄商事株式会社は、かねて雄別炭鉱鉄道全線及び側線66.6キロメートルのレール、枕木を買受けたうえ、昭和四五年四月ころ、控訴人に対し、雄別炭鉱鉄道全線及び側線66.6キロメートルの枕木、レール及びこれに付帯する部品の撤収、集積工事を代金一〇五〇万円で請負わせたこと、そこで、控訴人は、レールの撤収、集積工事は自ら施行するが、犬釘抜き、ページ外し、枕木の撤収、集積は他に下請させることとし、同年五月一日、被控訴人に対し、本件請負工事部分即ち犬釘抜き、ページ外し(これに付帯する部品の撤収工事を含む。)、枕木(八万六六六五本)撤収、集積工事を代金三六八万円で請負わせたこと、ところが、訴外電鉄商事株式会社は、同年六月に至り控訴人に対し、右枕木は現状有姿のまま他に売却することになつたことを理由として前記請負契約のうち右枕木撤収、集積工事部分を合意解除し、前記請負代金を七五〇万円に減額改訂したい旨申入たたので、控訴人はそのころこれを承諾したこと、そして控訴人は同年六月一二日被控訴人に対し、訴外電鉄商事株式会社と控訴人との間で、右枕木撤収、集積工事契約が合意解除された事情を告げたうえ、被控訴人との間の本件請負工事のうち右枕木撤収、集積工事部分を合意解除したい旨申し入れたこと、しかし被控訴人としては、右枕木撤収、集積工事を施行するため、関係者がわざわざ釧路にまで赴き、右工事に必要な人夫を手配し機械を借上げるなどして準備をしていたので、右合意解除の申入れを無条件に承諾することに難色を示し、控訴人に対し、改めて右犬釘抜き及びページ外し工事部分につき代金を改訂したうえ再契約を結ぶのでなければ、控訴人の右合意解除の申入れには応じ難い旨申入れたが、控訴人が右再契約締結の申入れに応じなかつたことが認められる。

<証拠>中には、被控訴人は、控訴人からの右合意解除の申入れに対してこれを承諾した旨の証言部分があるが、右証言部分は、前掲その余の証拠と対比してたやすく措信し難く、他に、控訴人主張の右事実を認めるに足りる確かな証拠はない。

従つて、控訴人の右抗弁1は理由がなく、採用することができない。

2  次に、控訴人の抗弁2(債務不履行による契約解除の成立)について案ずるに、<証拠>を総合すると、被控訴人は、昭和四五年五月五日本件請負工事のうち先ず犬釘抜き、ページ外し工事に着手し、同年七月上旬ころまでの間に50.86キロメートルにわたる犬釘抜き、ページ外し工事を行つたが、その後の右工事を続行しなかつたので、控訴人は、同月中旬ころ、被控訴人に対し、残り15.74キロメートルにわたる犬釘抜き、ページ外し工事を完成するように催告したこと、しかし、被控訴人は当時資金が続かず、人夫に対する出来高による賃金の支払も遅延しており、そのため工事を継続するための人夫を集めることができず、右残工事を完成することができない状態であつたため、控訴人は、同月中旬ころ、被控訴人に対し、本件請負契約のうち15.74キロメートルにわたる犬釘抜き、ページ外し工事部分の契約を解除する旨の意思表示をしたこと、そして控訴人は、そのころ15.74キロメートルにわたる犬釘抜き、ページ外し工事部分を訴外北海道軌道工業株式会社に対し代金三二万二九二〇円で請負わせて完成させたことが認められる。

ところで控訴人が右工事契約解除の意思表示をした当時、被控訴人が履行遅滞の状態にあつたかどうかについて、<証拠>を総合すると、被控訴人は、控訴人から右工事が約定どおり進行していないことを責められ、一旦は人夫を集めて実施する旨を答えたものの、当時既に被控訴人には工事資金が払底しており、必要な人夫が集まらず、そのため右工事を実施することができなかつたことが認められるのであるが、<証拠>には、右工事を被控訴人が遅滞したのは、控訴人が前認定のとおり枕木の撤去、集積工事に関する契約部分を解約する旨を申出たので、事態の進展がきまるまで工事を見合せていたためであるとか、被控訴人において既に犬釘を抜き、ページを外した部分について、線路を引張つて撤去し、これを集積する作業を、控訴人が約定どおり実施しなかつたためであつて、被控訴人に履行遅滞の責任はない等の供述部分も存するものなるところ、これらはいずれも前顕各証拠と対比して、当裁判所のたやすく措信しえざるところである。

右認定の事実によれば、被控訴人の行うべき残余工事については、控訴人が契約解除の意思表示をした昭和四五年七月中旬の時点では、被控訴人は自己の責に帰すべき事由により履行遅滞に陥つていたものというべく、しかもその後被控訴人が右残工事を完成させることは、社会通念上、不可能の状態にあつたものと解するのが相当である。

ところで、本件の如き請負工事契約において、請負人が工事に着工した後、請負人の一部の工事履行債務の不履行によつて契約を解除する場合、工事が全体としては未完成であつても、その工事の内容が可分であり、かつ当事者にとつて既に完成された工事部分だけでも、その給付を授受することが利益であるときは、他に特段の事情のない限り、未完成の部分についてのみのいわゆる契約の一部解除をすることが許されるものと解するのが相当であるところ、これを本件についてみるに、被控訴人がその請負工事を中止した昭和四五年七月上旬ころには、本件請負工事のうち、50.86キロメートルにわたる犬釘抜き、ページ外し工事が完成しており、残工事は後日他の業者に施行させることによつて完成させることも可能であり、現に、後日他の業者によつて完成させられていることは前認定のとおりであり、また本件請負工事のうち、15.74キロメートルにわたる犬釘抜き、ページ外し工事は、他の工事部分と可分なものであることは明らかであるから、控訴人のなした本件請負契約のうち未だ完了していない15.74キロメートルにわたる犬釘抜き、ページ外し工事部分についての契約解除は有効なものと解するのが相当である。

従つて、控訴人の右抗弁2は理由がある。

三1  被控訴人は、昭和四五年五月五日本件請負工事のうち先ず犬釘抜き、ページ外し工事に着手したことは前認定のとおりであり、被控訴人が同年七月上旬ころまでの間に右犬釘抜き、ページ外し工事のうち、15.74キロメートルにわたる部分を残し、その余の部分を完成したことは当事者間に争いがない。

そして、右犬釘抜き、ページ外し工事のうち15.74キロメートルにわたる部分について、契約の一部解除が有効になされたことは前判示のとおりであるから、被控訴人は、控訴人に対し、本件請負代金中の右完成した犬釘抜き、ページ外し工事代金に相当する金額の支払を求め得ることになつたものというべきである。

そこで、本件請負代金中、被控訴人が完成した右犬釘抜き、ページ外し工事部分に相当する金額はいかほどかについて案ずるに、<証拠>を総合すると、本件請負契約においては最終的に請負代金が三六八万円と合意されているが、右請負代金額決定の前提として被控訴人に提示された控訴人の費用見積によれば、その内訳は犬釘抜き、ページ外し費用として一一一万二〇〇〇円、枕木撤収、集積費用として二六〇万円、以上合計三七一万二〇〇〇円であつたが、契約成立に先だち、請負代金はこれ以下であることが必要であるとされたため、最終的に本件請負代金は右三七一万二〇〇〇円よりも三万二〇〇〇円だけ寡額に決められたものであることが認められる。<証拠判断略>

そして、控訴人の右見積金額、これを基礎として、本件請負代金が決定された前示の経緯及び犬釘抜き、ページ外しの残工事が前示のとおり訴外北海道軌道施設工業株式会社が代金三二万二九二〇円で請負つて施行していること等を併せ総合すると、本件請負代金中、被控訴人が現実に完成した右犬釘抜き、ページ外し工事部分に相当する請負代金は七八万円(1,112,000円−322,980円=789,080円)と認めるのが相当である。

そして右代金七八万円について、被控訴人は、前判示のとおりおそくとも、右犬釘抜き、ページ外し工事を完成した後であつて、本件訴訟を提起した昭和四五年一一月一六日の時点においては、その履行期が到来したものとして、控訴人にその支払を求めることができることになつたものといわざるを得ない。

2(一)  ところで、被控訴人において、本件請負工事契約のうち枕木撤収、集積工事部分は控訴人の責に帰すべき事由により履行不能に帰した旨主張するので案ずるに、<証拠>を総合すれば、本件請負工事の手順については、本件請負契約締結の際控訴人と被控訴人との間において、先ず被控訴人において約一〇メートル毎に約三本宛の犬釘を残してその余の犬釘を抜き、かつレールとレールとを連結しているページの四本のボルトのうち二本を抜き、次いで控訴人においてデイゼル軌道車を用いてレールを引張つて枕木から外し、これを集積場に運搬、集積し、その後被控訴人において、右残余の犬釘を抜きかつ右集積されたレールからページを外し、更にシヨベル、ドーザーを用いて枕木を撤収、集積することを約したものであるが、控訴人は昭和四五年六月一二日に被控訴人との間で本件請負契約のうち右枕木撤収、集積工事部分を合意解除したと主張して、控訴人がなすべきレールの撤収、集積工事を行わず、その後被控訴人の再三にわたる請求にもかかわらず、控訴人は右レールの撤収、集積工事をせず、被控訴人が右枕木撤収、集積工事を行うことを拒んだため、被控訴人において右枕木撤収、集積工事を完成させることができないでいるうち、遅くとも昭和四五年八月頃右枕木全部が、現状のまゝで、その所有者である電鉄商事株式会社から第三者に売却されてしまつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被控訴人の行うべき右枕木撤収、集積工事は、おそくとも、昭和四五年八月下旬の時点では、社会通念上、履行不能に帰していたものというべく、しかも右履行不能は、控訴人の責に帰すべき事由によるものといわざるを得ない。

(二) ところで、請負契約において、仕事が完成しない間に、注文者の責に帰すべき事由によりその完成が不能となつた場合には、請負人は、自己の残債務を免れるが、民法五三六条二項によつて、注文者に請負代金を請求することができ、ただ、自己の債務を免れたことによる利益を注文者に償還すべき義務を負うものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、本件請負契約のうち枕木撤収、集積工事が、工事未完成の間に、注文者である控訴人の責に帰すべき事由により被控訴人においてこれを完成させることができなくなつたというべきことは前述のとおりである。そこで、被控訴人が、本件請負契約代金中、枕木撤収、集積部分として、なにほどの金額を控訴人に支払請求することができるか否かについて検討する。

(1) 本件請負契約においては最終的に請負代金が三六八万円と合意されているが、右請負代金額決定の前提として被控訴人に提示された控訴人の費用見積によれば、枕木撤収、集積費用として二六〇万円が計上されていたものであることは前認定のとおりであるから、本件請負契約代金中、枕木撤収、集積部分の請負代金は二六〇万円と認めるのが相当である。

尤も<証拠>によれば右二六〇万円は控訴人の計算であり、被控訴人としては総請負金額の範囲で工事をすればよいのであり、重機械を使用すれば枕木撤収、集積は五〇万円程度でできると考えていた旨の供述があり、また原審証人斉藤温夫は重機械を利用すれば七〇万円ないし八〇万円でできると証言しているが、<証拠>を総合すると、昭和四五年六月一二日控訴人から被控訴人に対し枕木撤収、集積工事部分の合意解除と、請負代金二六〇万円の減額の申出がなされたことに対し、被控訴人は右減額後の金額に、更に二〇万円の上積を考慮してもらいたいと答えたところ、控訴人は上積が二万円ないし三万円程度ならば別として、二〇万円の上積は考えられないとして断つていることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はないから、右認定事実と対比し、前記<証拠>は、いまだもつて前認定を覆えすには足りないし、他に右認定を左右するに足る確たる証拠はない。

(2) ところで、控訴人は、被控訴人において本件請負契約中、枕木撤収、集積工事を施行する債務を免れたことによつて二三〇万一三七二円の利益を得たと主張するので審案する。

先ず、当審証人三村武尚、同高田登は、一台のブルシヨベルの枕木回収量は多めにみても、一日一〇〇〇本であるから、本件の枕木総数八万六六六五本を撤収するには八七日を要することになり、この日数を基礎にブルシヨベル、ダンプ運転手各一名、人夫二名、ブルシヨベル、ダンプ各一台の借上代等を計上すると、少くとも本件枕木撤収、集積工事費用は二三四万三七〇八円である旨証言する。しかしながら、本件請負工事の工事期間が昭和四五年五月一日から同年六月三〇日までの二カ月間であつたことは当事者間に争いないところであるから、控訴人が一日一〇〇〇本の枕木撤収、集積工事を予定して工事日数八七日と見積りながら、工事期間を六〇日間と合意したというのは極めて不自然であるし、また弁論の全趣旨から本件軌道はいわゆる単線と認められるから、一台のダンプ車が軌道上を枕木集積場所に向つて進行中において、他のダンプ車一台が逆に枕木集積場所から枕木撤収場所に向つていわゆるバツクで、同軌道上を進行することが、果して可能であるかは極めて疑問であること、仮に可能としても約八キロメートルに亘る狭い軌道上をダンプ車がバツクのまゝ時速一〇キロメートルで進行することが可能であるかについても疑問があるし、また、右証人三村武尚の証言によれば、同人は、訴外電鉄商事株式会社の取締役、鉄鋼部長であるが、重機の構造などの知識は勿論、ブルドーザ運転の経験もなく、ブルシヨベルの枕木の撤収能力についての証言部分も、多くは同証人の単なる推測に基くものであることは、同証言内容に徴して明らかであるから、右各証人の証言はたやすく措信することができない。

他方、被控訴人は、本件枕木撤収、集積工事の経費は五〇万円であると主張し、その証拠として、当審証人今田義明の証言と同証人作成に係る甲三八号証の記載を援用する。そして、当審証人今田義明は、ブルシヨベルのフオークにサヤをつければ重量が一本六〇キログラムの枕木を一回に二六本積載できる旨証言する。しかしながら、右証人の証言によれば、枕木には七〇キログラムの重量のあるものが含まれていることが認められるから、枕木の重量を六〇キログラムとした計算は正確ではない。また、右証人は、本件のように砂や砂利に埋もれた枕木を撤収するのにブルシヨベルのホークにサヤをつけて工事をしたということは、これまで見たことも聞いたこともないし、甲第三八号証を作成する際にも確認していないこと、また、ブルシヨベルのホークにサヤをつけて、これを砂利の上に敷設されている枕木の下の砂利の中に差込んだうえ、ブルシヨベルを前進させることによつて自動的に枕木二六本が右サヤをつけたホークの上に撤収しうると右証人は供述しているが、右証人の証言は、被控訴人が使用を予定していたブルシヨベルの諸能力を基準とし、枕木の重量を一本六〇キログラムとし、できる限り枕木撤収作業時間を短縮することを配慮して、積算した結果得られた数値をもつて、理論上は勿論、実際上も作業可能と判断しているものであることは右証言に徴して明らかであるが、撤収すべき枕木が約一七センチメートルの深さで砂利の中に埋設してあること、撤収した枕木を運搬するダンプ車の作業量中休憩時間の要否等についての配慮が始んどなされていないことは、右証言によつても窺えられるところであること等を斟酌すると、右証言の示す、ブルシヨベルのホークにサヤをつけた工事方法を前提として一回に二六本の枕木を積載できるとした結論には多大の疑問がある。更に控訴人が訴外電鉄商事株式会社との間で枕木撤収、集積工事部分の契約を合意解除した際工事代金を三〇〇万円減額されたこと、これに基く控訴人の被控訴人に対する枕木撤収、集積工事部分の契約解除の主張に対し、被控訴人が上積として二〇万円を要求したに止まることは、前認定のとおりであるから、これらを総合斟酌して考慮すると、本件枕木撤収、集積工事が被控訴人の主張のようにわずか五〇万円の費用で完成することができるとは到底考えることはできない。

以上検討したところによれば、控訴人及び被控訴人双方の提出・援用する証拠や計算方法によつては、被控訴人が枕木撤収、集積工事施行債務を免れたことにより得た利益がいかほどであるかを確定することはできないものといわざるを得ない。

そこで、当裁判所は、本件において顕れた他の証拠資料により、経験則と良識を活用して、できるかぎり客観的な額を算定することとする。

先ず、当審証人村田昇の証言によれば、被控訴人は控訴人から本件工事全体を代金三六八万円で請負つたが、その工事を施行することによつて受ける利益を五〇万円と見積つていたことが認められるから、本件請負工事全体の請負金額における利益率は約一割四分(50万円÷368万円=0.13586956)程度で、残り約八割六分程度が工事に必要な費用であると認めるのが相当である。また、原審における証人斉藤不二夫(第一回)の証言によると、被控訴人が控訴人から本件工事を請負つた当時、被控訴会社の専務取締役であつた斉藤不二夫は、本件請負工事によつて被控訴人が得る利益は請負金額の約一割程度で経費は約九割程度と見積つていたことが認められるし、控訴人も本件のような請負工事において請負人が得る利益は約一割で経費は約九割であるとみていることは控訴人の主張に徴して明らかである。以上認定の事実に基づいて考えると、被控訴人が債務を免れたことによる利益について、主張、立証責任を負担する控訴人の不利益に控え目に計算しても、本件枕木撤収、集積工事を施行する債務を免れたことによつて被控訴人が得た利益は、右工事代金二六〇万円の八割六分に相当する二二三万六〇〇〇円であると認めるのが相当である。

してみると、被控訴人が控訴人に対して支払を求めうる枕木撤収、集積工事に関する請負代金は、右二六〇万円から二二三万六〇〇〇円を控除した三六万四〇〇〇円であるといわなければならない。

(3) 右のとおりとすれば、被控訴人は、前判示のとおりおそくとも右枕木撤収、集積工事が履行不能となつた後であつて本件訴訟を提起した昭和四五年一一月一六日の時点でその履行期が到来したものとして、控訴人に、支払を求めることができるものといわざるを得ない。

四以上のとおりとすると、被控訴人が控訴人に対して本件請負代金中二〇六万円及びこれに附帯の遅延損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は、犬釘抜き、ページ外し工事分として七八万円、枕木撤収、集積工事分として三六万四〇〇〇円、以上合計一一四万四〇〇〇円から被控訴人がすでに受領した八〇万円を控除した三四万四〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四五年一一月一七日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを正当として認容すべきであるが、その余は失当としてこれを棄却すべきである。

よつて、原判決中の控訴人敗訴部分は、控訴人が被控訴人に対し三四万四〇〇〇円及びこれに対する昭和四五年一一月一七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払うべく命じた部分は当裁判所の前示の判断と矛盾しないものとして相当であるが、それを超える金員の支払を命じた部分は当裁判所の前示の判断と牴触するものとして失当であるから、控訴人の本件控訴中、原判決の右相当部分に対する部分は民訴法三八四条一項に則つてこれを棄却し、原判決の右失当部分に対する部分は理由があるので、同法三八六条に則つて右失当部分を取消したうえ、被控訴人の右取消にかかる請求部分を棄却すべきものである。

右判断を一括して示す趣旨において、原判決を主文一の1、2のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について同法九六条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条一、四項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(安達昌彦 塩崎勤 村田達生)

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